責任感の強いあなたへ

自分への自信のなさから他人に合わせようとしてしまう人。自分ができていないとまた不安になってしまう。もっともっと頑張らなきゃと無理をしてしまうあなた、まず頑張りすぎをやめると人生がうまくいく…。

私に与えられた使命とは

私を語るうえで、この出来事に触れず
には前に進めない…。

今回の投稿は、私の実弟の事故死から
今後に生かせることは何なのか、また
同じ悩みを持つ方への気づきになればと思い
いつか書こうとは決めていた。

ただ彼が築いた家庭があり、
また後任として、同じ部署で
就業している方がいるのも事実。
(一部、プライバシーに配慮した記述にしています。
ご理解いただけると幸いです。)


なので主観をなるべく排除して
三人称の立場で投稿したいと思った。
受け止めきれるまで迷いながら、
時間を要して、ようやく決断できた。

 

 

根拠のない違和感

年末年始は帰らないよと
(長男の)弟から母に電話があった。
もう3年前の出来事になる…。

 

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包容力のある年上の伴侶を得て
彼が初めて迎えるお正月。

当時、会社が合併を控えていて
年明けは忙しくなるから
実家には帰省しないという電話だった。


それが息子との最後の会話になるなんて
母は思いもしなかったはず…。
家族の誰ひとり、そんなことは思いもしない。


今思えば、私は何らかの違和感を覚えていた。

「ねえ、大丈夫なの?」とLINEしようかと
迷ったけど、普段決まって弟たちは
返信をよこさないから、今回も私の
取り越し苦労だろうと…やめてみた。

第六感なんて、私にはないけれど
この時ばかりは、虫の知らせだった…。


毎年、お盆かお正月には実家で
顔を合わせて、たわいもない会話をしていた。


彼はいつも疲れていて、実家には眠りに
帰ってくるようなもの。


次男の弟の結婚式のときもそう、
挙式前の親族集合の時間にも
遅れてきたくらい。

だから、いつもいつも、
仕事とか身体は大丈夫なの?
お節介でいいたくなった。
返事は決まって、いつも「うん。」のみ。


私が最後に彼と会話したのは、
その連絡が入る3か月ほど前。

婚約者を紹介するからと料亭で
一緒に会食したときだった。
願ってもない、気立ての良い彼女を前に
和やかに話は進み、母も上機嫌。

「結婚式はどうするの?」

「忙しくて、それどころじゃないよ。」

「仕事大変なのね~。」と
そんな会話でその場はお開きになった。

 

予期せぬ亡骸との対面


3年前の…世間では「仕事始め」
と言われる1月初旬。

夜中の3時過ぎ、鳴りやまない家電に
間違い電話じゃないなら
いったい何の電話なの…?と苛立った。

恐る恐る…母が電話を取る。
何度か相槌をうったのち

「…始発の新幹線で向かいます。」

と言って受話器を置いた。

 

「何があったの?」

「〇〇(弟)が事故に遭って、打ちどころが悪くて
病院に搬送されたって。覚悟を決めて…
始発の新幹線で来てくれだって。」


当然のように、母は何がなんだか
訳が分からない様子。
私は冷静に始発の上りの新幹線の
時間を調べて、いつ帰って来れるか
分からない…数日分の着替えと
喪服を用意し始めた。

 

「通勤ラッシュの時間帯は嫌だよ、
避けて行こうよ…。」と母。

現実を受け入れる覚悟ができないから
家を出るのが苦痛なのは、想像に難くない。

ましてや自分がお腹を痛めて産んだ我が子の
最期を受け入れろと突きつけられている…
呆然として当然である。


自宅から離れた墨田区の病院に
彼は眠っているように安らかに横たわっていた。
「よく寝た~。」と今にも起きてきそうな表情で。

聞けば、毎日帰宅が遅くて寝つけないから
煙草を吸いに近所に出て、星空を眺めるという。

私も経験がある。深夜の帰宅が続くと
遅い夕食後、身体が疲れていても
目が冴えてすぐには就寝できない。

 

煙草をくわえて、夜空を見上げて
突然の強い睡魔に襲われたのか…
あるいは意識を失ったのか…
その瞬間、何が起こったのかは
彼本人にしかわからない。


ただ打ちどころが悪く、不運としか
不慮の事故としかいいようがない。


当日、なかなか帰ってこない彼は
義妹の通報ののちに緊急搬送された。
近隣は警察の実況見分が終わるまで
規制線が張られていたという。


私たちが到着したときには
既に「死亡」の診断がされていた。

 

現実を受け入れるしかない…。

 
お正月明けの都内の火葬場は
予約が取れないという状況。
すぐにお別れせずに済んだ。

告別式は約1週間後に地元で
執り行うと決まった。喪主は義妹。

30代の義妹が親よりずっと若い
夫の喪主をつとめるだなんて…
酷としか言いようがない。

身近な人の死と直面して
いちばん現実を突きつけられるのは
棺が火葬炉に入れられる瞬間
ではないだろうか。

精一杯、気丈にふるまっていた義妹が
火葬炉へ棺が入る瞬間に取り乱した。


無理もない、妻になったばかりなのに
突然…最愛の人を見送れだなんて。
誰が受け入れられるだろうか。


奇しくも、私の母も同じ過去を
経験している。母は同じ境遇となった
彼女に何を思っただろう…。

まもなくして、彼は魂のみになった。

私は親の遺骨より先に、兄弟の遺骨を
抱いて実家へ帰ることになった。


都内の火葬場は人口(需要)の関係から
回転数良く運営しないといけないから
高温で短時間で焼いてしまうと聞いた。

 

骨壺は彼の最期の温もり
いわんばかりの温かさが残っていて
実家の仏間に到着するまで
彼との思い出が走馬灯のように
よみがえってきた。 


数日前には、告別式に参列できない
会社関係者が忙しい中、
火葬前の霊安場所へ
お別れにきてくれた。


彼の勤務態度や人柄について
評価してくれたけど、私が直接話を
聞けた中で、印象的だったのは
責任感が強くて、優しい人。
という言葉。


平日にも関わらず、多くの会社関係者が
新幹線とタクシーを乗り継いで
群馬の田舎の告別式へ参列してくれた。

 

海外にも支社のある大企業。
中途入社で7年以上就業した彼。
結婚式の祝辞ではなく
弔辞として、上司の言葉をいただいた。


兄弟からすれば、知らない部分の彼の姿。


いつも実家に仕送りしていて
本当に孝行息子だと母から
耳が痛いほど聞かされていた。

突然の訃報は彼の地元の友達に
知らせることができなかった。
交友関係も個人情報も分からない。
万一のときのために、
家族が把握できるリストが必要だと思った。

 

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突然のお別れから、1年位は
彼の仕事環境を悔んだりしたけど
いつまで悲しんでいても、故人はうかばれない。

転職という選択肢がある中、
一社会人として、当時置かれていた
状況で引き続き頑張るという選択をした、
彼の意志を尊重したいと思った。

 

むしろ、原因をさかのぼると
彼自身の性格・気質にあるのでは
ないかと行きついた。

 

人格形成は将来に大きく影響する


諸説あるけど、人格形成がされるのは
幼少期~小学校低学年といわれている。

以前のブログ  に書いたように
私の義父(彼の実父)は
田舎の頑固親父そのもので
機嫌が悪くなると、子供たちに
当たり散らしていた。

父の子供たちへの接し方に
何度も母は刃向ってくれたけど
父自身が愛情を知らずに育ったから
子供を肯定して、大切に育てようと
いう発想がそもそもない
聞く耳も持たなかった。今となっては
それを責めるつもりはない。


私は母が再婚するまでは
他の環境を知っているから
不満に思えば反発していたけど
彼はその環境しか知らない…。


だから自分が我慢すればいい
という思考が刷り込まれているはず。 


昔から彼は神経質で繊細で
ガラスのハートと揶揄してきたけど
最近気になった著書で
HSP(Highly Sensitive Person)について
書かれている内容があり、一読してみた。

ひとことで表すと
「繊細」「敏感」「感受性豊か」とあり
彼は典型的なHSPだと思った。

なかなか自分の感情が出せずに
人間関係に疲れ果てる。
頼まれごとをするとNOと言えない
自分を責めやすい人が多い…。

過去の思い出をたどっていくと
思い当たるエピソードばかり。


私が彼に、父の愚痴をこぼしても
「そうだね。」とか「受け流せば。」
しか言わない。


自発的に人の悪口を聞いたことがない。
本当に優しい性格なのかもしれないし
いちいち反論するのが面倒なだけかもしれない。

彼は新卒で入社した会社を3年で
退職した。体育会系の社風や
先輩との相部屋の寮生活が苦痛だった様子。


決断してくれてよかったと思う。
当時は眠れないと医療機関を
受診したことがあったから。

 

のちに専門学校に通い、得意分野を学んで
入社してから7年間は病気もせず、
健康で、彼は好きな仕事を全うした。

 

お世話になった職場の環境が
自己犠牲を強いていたかどうかは
彼しか分からないし、事故死とは無関係。


最愛の人に出逢って夫婦となった。
義妹には感謝しかない…。

出逢ってくれてありがとう。
結婚してくれてありがとう。

 
彼から私へのメッセージがあるとしたら
この言葉以外ないだろう。
「僕の分まで、両親のことよろしくね。」

 

 私はこのブログのタイトルを
「自分軸で生きる」から
「責任感の強いあなたへ」に変更して
実名で投稿しようと、以前から決めていた。

自己犠牲の生い立ちから
頑張りすぎてしまう人に、
自己犠牲のもとに責任感が強いと
言われることは「献身」とは違うと
気づいてほしい。

無理しているなら、第三者の立場で
その環境や状況を冷静に考えるべき。

自分さえ我慢すればいいと思う人に
このブログが自身を見つめ直す
きっかけになれば、お役に立てれば嬉しい。


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